ソシラボは社会を学ぶ教室です
でも、どう理解すれば?
日常的な感覚にちょっとコツをプラスしましょう。
そうすると、世の中がクッキリ見えてきます。
そのコツとは社会法則を知ることです。
社会法則の知識をまとめたものが社会科学です。
社会科学を学ぶと、色々な社会法則を関係づけて知ることになり、その結果、色々な社会現象の意味や原因、今後の展開などが理解出来るようになります。
ソシラボのユニークな点は、社会科学を通じて社会現象をその基本から理解できることです。
私たちは社会法則を知っている
「社会の法則を学ぶ」のは難しそう?そんなことはありません。「自然科学を学ぶ」ことに例えてみましょう。
「自然の法則を学ぶ」というと、難しそうですね。
例えば、あなたが、
「水は高いところから低いところに流れる。」ということを初めて聞いたとします。
どう思いますか?
「当たり前だよ」と思いますね。
それは、あなたが何度もそんな現象を体験しているからです。
当たり前すぎて、「それって法則なの?」とまで、言う人もいるかも知れませんね。
では、なぜ、私たちはこの法則を「当たり前」だと理解出来るのでしょうか?
それは、科学が持つ性質によるものです。科学は、現象の背後にある法則を明らかにするもので、人々にとっては体験をより掘り下げて鮮明にすることだからです。
水が高いところから低いところに流れるという法則を知り、それを「自然法則」として学べば、
ひとつひとつの自然現象を観察する時間を費やすことなく、
水を溜めたり、堤防で洪水を防いだりするとかを誰もが出来るようになります。
暗闇だった自然界に光が差して来ます。
社会科学も同じです。
社会には社会の仕組みと歴史の流れを司る法則が存在します。ソシラボでは、このもっとも基本的な法則を学ぶことがとても重要だと思っています。少し長くなりますが、この法則を簡単に説明します。
もっとも大切な2つの社会法則
社会には「社会の成り立ちを司る法則」と「歴史の流れを司る法則」が存在します。
この2つの法則が、社会を深く知るカギになります。
第1の法則: 社会の成り立ちを司る法則
「どんな経済か」が「どんな社会か」を決める
下部構造:経済は社会の土台
社会には、人びとの暮らしを支える経済活動が必要です。この経済活動は2つの関係から成り立っています。
- 第一は、生産に関する人間と自然との関係です。
- 第二は、生産に関する人間と人間の関係です。
人間と自然の関係
生活のためには、生産が必要です。
人間は原料や道具や機械といった「生産手段」を用いて自然に働きかけ、物を生産します。
人間が自然を加工する力を「生産力」といいます。
人間と人間の関係
働き方や生産手段の発達は、生産力を高めるとともに、生産にかかわる人間の関係を変化させます。
私有財産制の下では、生産手段を誰が所有するかによって、経済的な立場の違いが生まれます。
この関係を生産関係といいます。
生産手段を持つ人は支配階級となり、持たない人びとを働かせて富を得ます。
例えば、江戸時代の大名と百姓の関係を考えてみましょう。
土地を持つ大名は年貢をとりたてる人で、持たない百姓は年貢を納める人です。
ずいぶん立場がちがってきますね。
社会の土台である経済は平等ではなく、そこには経済的な立場の違う集団(階級)による対立が含まれることになります。
生産力と生産関係からなる経済関係を、建物に例えて、社会の下部構造といいます。
経済は社会が成り立つための条件として、社会の全体の土台の役割を担っています。
上部構造:上部構造は土台の上に育つ
社会では、「法律・制度・思想・文化」といった様々な活動が行われます。
それらを社会の上部構造といいます。
一見、それらは独立したもののように思えますね。
ところが、これらは土台としっかり結びついているんです。
また、江戸時代を見てみましょう。
江戸時代の農民は大名の下で暮らし、年貢を納めていました。
この時代の経済関係は、社会の上部構造に例えば次のような内容を与えました。
【法律】江戸幕府は、農民からの年貢収入を安定化するため、農民が子孫に田畑を分けて相続することを禁止しました(分地制限令)。
【制度】身分制度がつくられ、武士は名字・帯刀が許されましたが、百姓・町民は許されませんでした。また、食べるものや着るものについても身分による様々な取り決めが作られました(慶安の御触書)。
【思想】身分秩序を重視する思想を広めようと幕府は儒教、特に朱子学を広めました(湯島聖堂の設立)。
【文化】江戸時代は経済が安定し、貨幣経済が発達します。それまでの文化の担い手であった貴族や武士の文化に代わって、生活文化を中心に町人の文化が盛んになりました。
江戸時代の前期には上方で元禄文化が栄え、浮世草子の井原西鶴など、町人の生活を描く作品が生み出されました。江戸後期には経済と文化の中心となった江戸で化政文化が栄え、社会を風刺する川柳、十返舎一九の「東海道中膝栗毛」のような滑稽本、葛飾北斎の「富嶽三十六景」を描いた浮世絵など、町人の文化が花開きました。
以上のように、上部構造のさまざまな活動は、下部構造の特徴を反映して、時代時代の特徴を持つ社会を作ってきました。
下部構造における人びとの関係は、社会全体に影響し、その経済に相応しい法律や制度、思想や文化といった社会の上部構造のあり方に重大な影響を与えます。経済のあり方は、持つ人に権力を与え、持つ人の力を社会の上部構造に反映します。つまり、不平等な経済関係を反映して、社会が不平等に作られることになります。
つまり、「どんな経済か」が「どんな社会か」を決めるわけです。
ただし、支配階級が100%、社会を思い通りにできるわけではなりません。
例えば、封建社会の農民反乱は年貢の割合を低くし、労働運動が強まると労働時間が短くなったり、賃金が上がったりするように、時々の人びとの力関係が上部構造に反映します。
ここまでの説明でイメージができましたか?
イメージできたあなたは、2つの法則の半分を知ったことになります。
あと半分です。もうちょっとお付き合いください。
第2の法則:歴史の発展を司る法則
「経済の発展」は次の「社会」を準備する
神様や英雄が歴史を動かしているのではなかった。
古代の人びとは、歴史を決めるのは神とか天とか超自然的なものと思っていました。
しかし、歴史とともに宗教自体も変化しますし、人びとのあがめる神様が違っていても世界では同じような社会が生まれます。
ヒーローやヒロインは歴史を彩ってきましたが、彼らはたまたま歴史の動きの中で偶然にその役割を担ったに過ぎません。
では、何が歴史を動かすのでしょうか。
経済が発展すると、社会の制度が発展を押しとどめるものになる。その時、歴史が動く。
生産力が発達すると生産関係にも変化が生まれます。
古い階級が力を失い、新しい階級が勢力をのばしてきます。
そうすると土台と上部構造の間に徐々にズレが生まれます。
もともと上部構造は、下部構造に反作用して、下部構造を安定にして、社会を継続させる役割を持っていました。
できたばかりの社会にとっては、それは発展の条件となりました。
しかしそれは、やがて発展を押しとどめる制限に変化します。
社会の変化は、昆虫の変態と似ています。
幼虫は脱皮して姿を変化させます。
幼虫は成長すると自分の殻が狭くなってしまい、成長できなくなります。
幼虫は殻を破って次の姿に変わることで成長を続けられるようになります。
そして、大きくなるために脱皮を繰り返します。
社会もそれに似ています。
上部構造が経済の発展ふさわしくなくなると、社会は古くさくなった上部構造を新しくしようとします。
その時、歴史が動きます。
当初は必要とされた上部構造が古くさくなってしまった例を挙げてみましょう。
1) 農奴の移動の禁止は封建社会を発展させるが、やがて商工業の障害になる。
封建時代には、領主は年貢を安定して納めさせるため、農奴が領地から別の領地に転居する自由を制限しました。しかし、商工業が発達しはじめると、自由な労働力を手に入れたい商人や工場主にとってこの制限は経済活動の障害になります。
かれらは封建領主の支配を打ち倒し、労働者が自由に移動可能な社会を作ろうと社会を大きく変化させます。これが市民革命です。
2) 自由都市の維持のため親方は徒弟の数を制限された。
封建時代には、力を持った商人や親方職人達によって自由都市がつくられました。
自由都市というから経済活動もまったくの自由だったかというと、そうではありませんでした。
自由都市では、年の経済秩序を守るために、構成員である親方同士の競争を制限していました。
職場の規模が大きくなると競争力が増し、他の親方の職場を潰してしまうという理由からです。
これは自由都市の経済を維持する条件でしたが、やがて、工業の発展にとって障害になり、不要なものになります。
親方は、新しく資本家になるか、賃労働者になるか、いずれかの道で新しく生まれる資本主義社会に組み込まれることになりました。
経済の発展」が次の「社会」を準備するというのが、「歴史を司る法則」でした。
みなさんは2つ目の法則をイメージできましたか。
「ちょっと疲れたなあ。」そんな方もおられるでしょう。
でもこれで、みなさんは2つの大切な「社会の法則」の全てを知ったことになります。
みなさんは2つ目の法則をイメージできましたか。
「ちょっと疲れたなあ。」そんな方もおられるでしょう。
でもこれで、みなさんは2つの大切な「社会の法則」の全てを知ったことになります。
そして、これさえ知っていたら、個々のニュースの内容を深掘りできます。
また、ニュースの背景にある社会の姿を関連付けてとらえられ、さらに深い理解ができるようになります。
3 まとめ
まとめてみましょう。
社会現象を深掘りするには、次の2つの視点が大切です。
① 社会の利害関係に敏感になる
第一は、社会の利害関係に敏感になるということです。
社会現象は、人びとの利害対立が反映しています。
社会現象を深掘りするためには、その現象を通じてどのような人びとが得をするのか、どのような人びとが損をするのか、経済的な利害関係を考えることが大切です。
これが第一の視点です。
② 社会の変化に敏感になる:
第二は、社会の変化に敏感になるということです。
生産力の増大は社会を変化させようとします。
しかし、上部構造の変化は経済の変化に比べてゆっくりで、やがて、急速に変化する時が訪れます。
だから、目に見える変化がなくても社会を止まったものと考えないこと、社会現象を変化の中でとらえることが大切です。
社会現象を深掘りするためには、変わらないと思うものの中に、変化をみる。
これが第二の視点です。
「社会のあり方と歴史の流れに経済が決定的な影響を与えている。」こうした社会と歴史についての考え方を「史的唯物論」と言います。19世紀の半ばにマルクスによって発見された社会と歴史についての科学です。ソシラボは、「史的唯物論」を学び、科学的な視点から社会現象の意味を捉えることが大切だと考えます。